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徒然草of デカダンス
元No1JEEPS(自負)の自分メモ的備忘録。りそさんは技芸属だよね。アゴの人は禍津属?ゴアぞうは蛮力属とか考えてる今日この頃。


2024/05/20
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2011/03/19
「ワタシの地震遭遇記」

先日の大地震から1週間が経ちました。みなさま無事でしょうか?
ワタシはひとまず無事です。
チキンなので余震のたびにビクビクで精神的にかなり疲弊してますが。
緊急地震速報ってすごいと思うが怖い。。。

さて、以下は地震発生時の個人的日記です。
この日のことを少しでも覚えておこうと思い書き留めます。

本震発生時は仕事に向かう東京メトロ日比谷線車内。
茅場町駅を発車した直後ドンという音&衝撃と共に車体が急停止。
そしてグラグラ揺れている。
最初の数秒は「人身事故?」と思ったんだけど、すぐにアナウンスがあり地震だと判明。
揺れがなかなかおさまらず長い時間揺れてたのですごく怖かったけど、車内はわりかし落ち着いてた。
女の子グループは「こわいよ〜」てしきりに言ってた。
ワタシも泣きそうな顔してたと思うけど、サラリーマン風のおじさんが「大丈夫ですよ」と誰にともなく言っているのを聞いて少し落ち着きました。
終わらない地震はないからね。。。
しばらくして揺れが停止。
茅場町〜人形町間で停止してたので、次の人形町まで運転することに。
地下トンネル内という周りの状況が本当に怖かったので、駅に着いてとにかくホッとしました。
そこからはひたすら電車は停車。
「復旧には相当時間がかかる」というアナウンスの繰り返し。
ひとまず職場に連絡しなきゃと思うが携帯は案の定つながらず。
でも10分くらい繰り返しかけていたらようやく繋がったので状況を報告。
「時間は気にせず安全に来て」と言われたので、とりあえず車内で電車が動くのを待つことに。
そのまま車内で携帯のみで情報を収集したりして2.3時間経過。
どうにも動く見込みがないので、とりあえず地上を歩いて職場まで近づこうと決意。
路上はやはり鉄道使えず歩いている人でいっぱい。
人形町から秋葉原を越え、上野を越えて浅草近辺の職場まで1時間ほど闊歩。
思ったよりスタスタ歩けたので、もっと早く徒歩で行くことを決断すればよかったと後悔。
職場は図書館なのだけど、館内に被害はなく、来館者もあまりいない状況なので仕事的には落ち着いてました。。。到着したの閉館1時間ちょい前だし。。。
で、仕事終了する20:00頃には電車動いてるかな〜なんていう予測のもとに職場に来た訳だけど、いまだ復旧せず。
さっき歩いてみて然程つらくなかった記憶が新しいのでひとまず東西線乗り換え駅の茅場町までまたもや歩いてみることに。
でも、暗くなった夜の道は行きとは違って怖かった!!
結構騒然としているし、ツイッターで「女性の一人歩きは危ない」としきりに注意がされてたし。。。
なので、ひとけがある道を選びつつ足早に茅場町目指して歩きました。
途中、山口県に出張中の旦那と携帯で連絡が取れて、徒歩帰宅してることを伝えると「家まで徒歩は大変だから俺の会社(茅場町にある)で電車動くまで収容してもらいなさい」との指示が。
確かに、帰路の東西線部分(茅場町〜妙典)は結構な距離&大きな橋や倉庫地帯があったりで徒歩には不安がある感じなので、ありがたく従うことに。
旦那の会社、周辺で迷ったけど社内にいた同僚の方が外まで迎えに来てくれて無事にあたたかい部屋の中へ入れました。
これで一晩電車が動かなくてもひとまず安心だなと。
まあ、最初から自分の職場で待機してれば良かったような気もしますが。
旦那の会社ではいろいろと気を使ってくれて、ジュースやコーヒー、オフィスグリコなどいただきました。ありがたや。
でも、ここではじめてTVの映像を見て津波&コンビナート火災&原発の様子のあまりの凄さに食欲は全くなく。。。
ひたすらTVを注視して2時間ほど経った23:30頃、東西線が妙典まで運転再開したと聞き茅場町駅へ向かうと、タイミングよく然程の混雑も無い状態で乗車でき帰宅できました。
心配だった家の中は、ランドリーラックのタオルが床に落ちていたり、鏡台の化粧品が落ちていた程度で、割れ物や水こぼれはいっさいなし。
ガスコンロの上に置いていた味噌汁もこぼれてなかった!!すばらしい!
携帯不所持かつ都内に仕事に出てて連絡が取れなかった母(常磐線不通で職場一泊コース)からは公衆電話で連絡があり、こちらも一安心。
前日大阪で足止めをくらい大阪泊してた旦那は翌朝早くの東海道新幹線に乗り昼頃帰宅。まだまだ余談は許さない状況だけど家族に会えてひとまずホッ。

午後からはまだ帰宅できてないと思われる母に先立ち、実家の様子を見に松戸へ。
築40年以上のボロ家なのでこの目で見るまでは「倒壊してるんじゃ。。。」とかなり不安だったけど、2Fの本棚の本が全て出てた程度で割れ物/水物の被害なし。
あ〜、本当に良かった。。。。
母もこの頃には帰宅してたし、都内一人暮らしの弟も実家に来てたりで安心したのでワタシは今の自宅に早々に戻りました。

その後、減水は数日間あったもののライフラインが止まること無く今日まで過ごせてます。仕事時間が短縮になったり(時給なので給料が。。。)、電車が鬼混みだったりはするけど、もっと大変な目にあってる人が多数ですからね。。。
3駅隣の浦安はいまだにライフラインがズタズタのようで心が痛みます。

これで終わりという保証は無く、房総沖や首都圏直下型もいつ大きな地震あってもおかしくないので、これを機に出来る備えはしなければと思います。
そして、一日でも早く被災地の復興が進みますように。
それぞれに心の安心が帰ってきますように。。。

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